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仁和寺観音堂 その2 [仏像]

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  ほとけの姿を、造像したり描いたりする場合、どのような姿や色をしているのか、身に付けるものや持ち物は何か、そうした事が書かれている、儀軌と呼ばれる経典があります。


  ただ、そのような経典は、記述の異なるものが、複数あるそうで、今回の二十八部衆のそれぞれの尊像名にも経典により異同があるようです。


   二十八部衆には、インド神話に登場する神々などが含まれていて、釈迦如来の眷族である、奈良・興福寺の像で知られている八部衆も、この二十八部衆にほぼ含まれています。ただ、八部衆のメンバーにも異同があり、必ずしも一定ではありません。


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 八部衆のメンバーの一人、阿修羅王を見付けました。



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 そして、やはり八部衆の仲間として人気の高い迦楼羅王(かるらおう)もいました。



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仁和寺観音堂 その一 [仏像]

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  トーハク(東京国立博物館)で、3月11日まで開催中の、特別展「仁和寺と御室派のみほとけ」を観て来ました。


  今回の展示では、仁和寺観音堂の三十三体の仏像が、撮影可ということでしたので、多くの写真を撮らせて頂きました。


  この諸仏は、どれも江戸時代に造られた像で、国宝や重要文化財に指定されている訳ではありませんが、極彩色に彩られたお姿は、どれも魅力的でした。


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鎌倉時代の仏像 [仏像]

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  木造菩薩立像(重要文化財)  

    金泥塗り・彩色・切金、玉眼
    高104.5台座高34.8 鎌倉時代・13世紀 

 上野のトーハク(東京国立博物館)の仏像です。

 トーハク恒例の夏休み特集「親と子のギャラリー」の今年の企画として「仏像のみかた 鎌倉時代編」で展示されている仏像から、撮影が許可されている像を撮らせて頂きました。

 因みに、「仏像のみかた 鎌倉時代編」は、トーハクの本館11室・14室で6月10日~8月31日まで開催しています。

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愛染明王 [仏像]

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 愛染明王座像 <あいぜんみょうおうざぞう>

 トーハク(東京国立博物館)所蔵の仏像「愛染明王坐像」です。

 愛染明王は、「仏像」の四種類の分類である、「如来」・「菩薩」・「明王」・「天部」の内の、明王に含まれる尊像です。
 明王は、原則として、真言宗系や天台宗系の、密教で信仰されています。

 通常の愛染明王像は、三目六臂(さんもくろっぴ)、赤色の憤怒相(ふんぬそう)に造られます。
 つまり、三つの目と、六本の腕を持ち、身体や顔の色は赤く、怒りの表情をした姿が、愛染明王の基本形です。よく見れば、牙をむいてさえいます。
 手には弓矢や法具を持ち、頭には「獅子冠(ししかん)」を頂き、蓮の花の上に結跏趺坐(けっかふざ)をしています。たまに、弓に矢をつがえて、天に向けている姿もあり、「天弓愛染」と呼ばれます。

 

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タグ:愛染明王

仏像半島~千葉市美術館~ [仏像]

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 五月三日 日曜日。

 千葉市美術館で開催中の展覧会、「仏像半島」を見て来ました。

 と言っても、実は三度目で、数点の展示替えがあったので、改めて観て来た次第です。

 

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タグ:仏像

弁才天~妙音弁才天と宇賀弁財天~ [仏像]

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 上野公園、不忍池のほとりに、不忍池弁天堂が建っています。
 この弁天堂は、江戸時代の初期、上野の山に寛永寺が建立された際に、不忍池を琵琶湖に見立て、琵琶湖にある竹生島の弁天堂を模して造られたお堂です
 ここに祀られている弁才天は、竹生島から勧請された像であると伝えられています。

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阿修羅 彼方へのまなざし-2- [仏像]

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 それは惨憺たる戦場の夜景に違いなかった。しかしふしぎにそこからは戦うものどうしの恐怖も不安も感じとることができなかった。それは画に描かれた戦いに似ていた。静かな、最小の動きだけですべての作業がすんでしまう冷たい計算と冷酷な演出だけが、そこにはあった。

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タグ:小説 阿修羅

阿修羅 彼方へのまなざし-1- [仏像]

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 もう、十年以上も前のことだったと記憶しています。その日の興福寺・国宝館は、修学旅行シーズンのせいか、少し混んでいました。僕は、他の人の邪魔にならないように、少し離れた位置から阿修羅を観ていました。

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我が憧れの阿修羅 -3- [仏像]

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 インドの神話の世界では、恐ろしい鬼神であった阿修羅は、仏教に取り込まれて、仏や仏の教えを守る「護法神」 となりました。
 奈良 興福寺の「阿修羅像」は、その護法神としての姿を造形した「仏像」です。

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我が憧れの阿修羅 -2- [仏像]

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 阿修羅のいる興福寺は、和銅3年(710年)に都が藤原京から平城京に遷都した後に、現在地に建立された仏教寺院です。
 建立の発願者は、藤原不比等ですが、本尊の釈迦三尊像は、不比等の父である藤原鎌足の念持仏であったと伝えられています。

 また、この釈迦三尊は、近江の大津京では山階寺(やましなでら)に、藤原京では厩坂寺(うまやさかでら)に、それぞれ本尊として祀られていたと言います。
 その為、興福寺の起源は669年創建の山階寺にあるとされており、興福寺には「山階寺」の別称があるそうです。

 

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