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乾山遺墨 [古書・古文書]

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先日、上野の東京国立博物館へ『大琳派展 継承と変奏』を見に行きました。

展覧会そのものの紹介は、既に別ブログ「風の森ミュージアム」の方に書きましたので、ここでは触れません。

実は、この展覧会には、尾形光琳や酒井抱一の絵を見ることの他に、微かながら別の期待を持っていました。

 

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かなり以前のことになりますが、このブログに「江戸時代の梅の絵 『乾山遺墨』」というタイトルの記事を書いています。
上の絵は、その記事の冒頭に載せたものです。

それは七・八年前に、東京・神保町の古書店で見付けて買い求めて来た『乾山遺墨(けんざんいぼく)』という木版本に掲載されていたもので、その本自体は、江戸時代の文政六年に刊行されたとされているものです。

その本を手に入れて以来、その存在が琳派の歴史の中で、どのような位置付けにあるものなのか、ずっと知りたいと思っていました。

そこで、今回東博で開催されたような大規模な「琳派」展覧会であれば、何かが解るのではないかと、期待をしていたと言う訳です。 

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そして、期待に違わず、その木版本は展示されていました。
しかし、会場でそれを目にした時、確かにこれだと思うと同時に、些かの違和感をも覚えました。 

今回の展示品は、「東京藝術大学付属図書館」所蔵本だと言うことです。
上図は今回の展覧会の図録に掲載された写真版ですが、僕の手元にある『乾山遺墨』との比較の為に、引用させて頂くことにしました。

以下の図が、僕の持っている『乾山遺墨』の左の図と同じページです。

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ご覧頂ければ、すぐに幾つかの違いに気付かれると思います。

先ずは、藝大所蔵本は、彩色のない墨摺りであり、僕の本は、色刷りであること。
次に、見開きページの右側の図が双方の本で異なること。
また、藝大本の左側のページの右下に、長方形の黒い部分があること、などの差異が見られます。

では、僕の持っている本に、藝大本の右ページと同じ図がないかと言うと、そうではありません。

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このように、やはり色刷りの図が、別のページにのせられていました。

これまで、様々な展覧会で目にしてきた木版本から考えると、同じ内容の本にも、刷られた時期により、刷り色に違いがあることや、今回のように、墨刷りのものと色刷りのものが存在する場合もあるようですから、そのこと自体は、特別変わったことでもなさそうです。

また、当時の本は完全に手作りですから、落丁や乱丁も現在よりは起こり易かったかも知れません。
事実、僕の持っている別の木版本に、続けて同じページが綴じられているものがあります。

しかし、『乾山遺墨』に就いては、もう少し詳しいことが知りたいと思い、Google で-乾山遺墨-を検索をして見たのですが、木版本の画像がのっているのは、僕の以前書いたブログと、もう一つの別の人が書いたブログくらいだけしか見付かりませんでした。(その、別の人のブログに掲載された図には、「梅の図 乾山遺墨 酒井抱一」と書かれていましたが、乾山や琳派関連の記事ではなく、その時期の雑感のような事が書かれた記事でした。しかも、掲載された図をよく見ると、僕が以前の記事に載せた図そのもののコピペでした…。と言うことで、思わず苦笑してそのブログから去って来ました…)

検索された、その他のサイトの殆どは、古書店の販売目録や資料館の館蔵品目録ばかりです。
しかし、その中に出版時期が明治30年代や40年代と言うものが幾つも見付かりました。

すると、僕の持っている本の出版時期に就いても、江戸時代ではない可能性もあるのでしょうか?
でも、あちこち調べると、明治期に出版されたものは、どうも小林文七という明治時代の貿易商でもあった人物の編集になるもののようで、多分僕の持っている本とは、別物の可能性もあります。
ただ、その画像が確認出来ない為、僕としてはやはり、拭い切れない疑問が残ります。

いくら考えても分からないことでも、諦めずに心の片隅に仕舞っておくと、ある時不意に必要な情報が飛び込んでくると言うことは、これまでにも何度もありましたから、今回も何時かこの疑問が氷解する時が来ることを、楽しみにして待つことにしようかと、今はそう思いはじめました。

尚、上の図の左ページの「東叡山・・・」で始まる文字は、尾形乾山の墓碑を書き写したものだと言うことです。

乾山のその墓碑は、長く所在が知れなかったらしいのですが、巣鴨の善養寺にあることを、酒井抱一が発見し、それを契機に『乾山遺墨』の出版を行ったそうですが、そのことに就いては、何れまた別の機会に譲ることとします。

今回は、この木版本に載っていた図を、幾つか紹介しておくことにします。

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この本は、紙が汚れていたり、染みが付いたりしていて、保存状態は然程良いとは言えないと思いますが、絵の部分は比較的綺麗です。

 

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この「寿老人」の図は、「尾形乾山」の兄である「尾形光琳」が絵付けをした菓子皿の意匠を模写したものです。

実は、先日観て来た『大琳派展』に、光琳筆の寿老人図のうちわが出展されていましたが、その絵がこれととてもよく似ていました。

『乾山遺墨』には、編者の酒井抱一による「跋文(ばつぶん)」(後書き)が記されています。
僕は、一通り読んだだけで、未だ解読文は作っていませんが、その画像のみを最後に載せておくことにします。

 

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尚、少し先になると思いますが、『乾山遺墨』の全ページの画像を取り込んだ後、僕のホームページに掲載する予定でおります。

 

 


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コメント 10

mimimomo

おはようございます^^
albireoさんのお持ちの本は凄い希少価値があるのでしょうね~
古本や巡りが楽しいのは、そう言う本を手に入れられるからですよね~
貴重な資料の図版を見せていただいて、ありがとうございました~^^v
by mimimomo (2008-11-10 06:04) 

SilverMac

推理小説の謎解きですね。
by SilverMac (2008-11-10 07:00) 

春分

となれば、「なんでも鑑定団」に出すしかないですね。
それはそれとして、うつくしいものですね。
ちょっと前の時代には書にしろ絵にしろ、こんなようすのものは見ることもあった
でしょうけども、近頃では花札くらいしか見かけないかもしれません。
最初の女子学生の集団はmoonrabbitさんが反応しそうだなぁ。
by 春分 (2008-11-10 12:05) 

じゅん

お久しぶりです。albireoさん。
こんな本を所有なさっているなんて凄いです。
絵の空間の取り方とか、凄くセンスを感じます。
本になって後世まで残っていくって大事ですね。
by じゅん (2008-11-10 16:41) 

lapis

SilverMacさんも仰っているように、推理小説のようで面白いですね!
いつか、解決編の記事がUPされることを楽しみにしています。
『乾山遺墨』の全ページのUPも楽しみです。
by lapis (2008-11-10 22:10) 

sakamono

スゴイ研究レポートですね。albireoさんの記事をコピペしたページがあったという
のもスゴイです^^;。調べていろいろと推理していくコトも楽しいのでしょうね。
by sakamono (2008-11-10 23:02) 

sanesasi

とても興味深くよませていただきました
特に酒井抱一の 後書き 何度も読ませていただきました
良寛の書状よりは 分かりやすく読みやすいのですが どうしても読めない文字があって やはり 推理 解きのような感じになりました ぜひ解読文を お願いいたします
「緒方流」と この緒方という文字を使ったことは 何も知らないわたしは不思議


by sanesasi (2008-11-11 22:26) 

penpen

博物館に展示してあるものと同じのを持っていらっしゃるのですね。
すっきりとわからないのもまた楽しみですね。
by penpen (2008-11-16 22:30) 

tokiwa

8年前の記事ですので、もう謎は解けているかもしれませんが・・
乾山遺墨には、4種類の版本が現存します。
a 墨摺りの校合本。
b 題簽「乾山遺墨」。
c 題簽「乾山画譜」。
d 明治45年刊の復刻。

bとcは題簽が違うだけで、内容は一緒ですが丁の順番は異同があります。ともに文政期の刊行です。

東博はaの、出版前の校合本と思われます。右下の黒い四角は、あとで丁数が確定したときに、その数字を彫って入れるために版木を彫り残しておいた部分です。しかし、理由はわかりませんが、結局丁づけはされることなく、その部分は削り取られて出版されました。
ですのでこの本には丁づけがないために、増刷のたびに丁の順番に異同があります。

albireoさんの本はbと思われます。
竹の絵を囲んでる枠線に、途切れている箇所があります。これは版木が欠けてしまったためで、aとb、同じ個所が欠けているのが分かります。よってこれらは同じ版木で摺られたものといえますが、黒い四角が削り取られているので、物理的にbのほうがaより後で摺られたことになります。
dの復刻本は早稲田図書館に所蔵されていますが、乾山遺墨で検索すればすべての画像を見られます。
復刻では、枠線の欠けのようなキズまでは再現しませんから、きれいな枠線になっています。

いずれにせよ、この本は現存数が非常に少なく、大変な稀覯本といえます。
by tokiwa (2016-04-20 11:06) 

albireo

> tokiwaさん 色々とご教示頂きまして有難う御座います。
2011~12年に開催された巡回展『酒井抱一と江戸琳派の全貌』を千葉市美術館で展観した際、江戸東京博物館所蔵の『乾山遺墨』を観る機会がありました。それが、僕の持っているものと同様の彩色版で、図録の解説により、ある程度の事は理解していました。
ただ、明治45年刊の復刻版があることを知り、色々と検索してみたのですが、詳しい内容が分からず、手元にあるものも明治の版かも知れないと言う疑念も残っていましたが、今回頂いたコメントで、その疑念も払拭出来ました。
僕の手元にある本は汚れも多く、美的な価値は些か低いような気もしますが、現存数が少ないと教えて頂き、資料的にはそれなりの価値があると分かり、大変嬉しく思っております。
過去記事へ、わざわざ丁寧な内容のコメントを頂き、色々と詳しく知ることが出来ましたこと、心より感謝致しております。
何れは、博物館へ寄贈するつもりでおりましたが、ご教示により、更に愛着が湧きましたので、それまでは大切に保管することと致します。
有難う御座いました<m(_ _)m>
by albireo (2016-04-23 23:48) 

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